お気楽狸の徒然記録【2010.10~2013.4】

by ぽん。

プレイバックその2(2002 クライミングデビュー&温泉山旅時代編)

その1でお話ししたように、2度の黒部・餓鬼谷の源泉探索敗退がきっかけとなり、
クライミングにまで手を染めることになった私たち。

大阪に帰って(この頃は大阪在住でした)、早速調べてクライミングジムに出かけてみることにしました。




中山君とG君は、先に当時新しく出来たばかりの京都クラックスで先にインドアクライミングデビュー。
私の初めてのジムデビューとなったのはOCSでした。
そのときは傾斜のある壁は全く登ってないので、体験にしては意外と登れて楽しかった覚えが。

その後、調べてみると当時住んでいた近所にレベルテンがあったので、そこに通うようになりました。
レベルテンはその名の通り、5.10台のルートが中心で壁の高さも8mほどの、
本当にこじんまりとしたリードジムです。

まずはトップロープから確保の仕方を教えてもらい、やがてリードへと移行していくわけですが、
通うようになったとはいえ、私は初めのうちはせいぜい週1回がやっとこさで、
すでにクライミングに夢中になっていた中山君やG君のようにはなかなか上達せず。
特に傾斜壁が全然登れなかったなぁ。
自分、不器用ですから・・・


レベルテンで登る私。10Bくらいでも苦労してました。。。
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しかし2002年夏、日韓共催のサッカーW杯で世の中が盛り上がっていた頃、
私はハードだった仕事を辞め、自分の時間がやっと持てるようになりました。
1年くらいは充電期間としてのんびりしようかなと。

そうだ、まとまった時間が出来たのだからクライミングにでも打ち込んでみるかー。
ってなわけで、『住んでるのではないか』と言われるほど、それから毎日レベルテンに通いました。

不器用な私でも、打ち込めばそれなりに登れるようにはなるもので、
レベルテンの11台ならば登れるようにもなってきました。

そして、アウトドアでの活動はというと・・・
クライミングを始めたのも、沢登りの技術を身に付ける為なわけで、
初心者向きの沢を沢登りの技術本などで調べ、手始めに3月に南紀の滝本北谷へ。
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しかし、下山路で道に迷い、遭難寸前。。。
ビバークを覚悟した日没前に、たまたま滝を見に来たというお兄さん2人に助けられるという失態。。。
苦い沢デビューでした。

その後も色々失敗はあったけれど、この年は夏に黒部・餓鬼谷の源泉にリベンジする為、
レンタカーを借りてはひたすら沢に出かける週末を送っていました。
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そして、ようやくリベンジの時が来ました。
東京で消防士になったG君と入れ替わってメンバー入りしたみっちゃんとの3人で黒部へいざ出陣!

水平歩道から黒部川に降り立つのも、3度目なので問題なく。
そして、問題の餓鬼谷出合の滝登り。
やはり厳しいかも・・・と思って中山君のルート工作を見守っていたところ、
みっちゃんが別ルートでフリーソロで登ってしまい・・・。
まあそのおかげで結局滝の突破は出来たけれど、それってリベンジというにはちょっと微妙な気が・・・


餓鬼谷・問題の滝上を渡渉中。
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でも、なんとか無事に3度目の正直で幻の源泉に辿り着くことが出来ました。
浅く、そして温度調整困難な湯船になってしまったけれど、この入湯は本当に嬉しかったなぁ。
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その後の帰路では、地蜂に私が右腕、みっちゃんは頭を刺されたり、土砂降りの雨に遭ったり、
水ぶくれが潰れた足が痛くて早く歩けず、トロッコの最終電車に間に合わなかったりと、
またも色々あったけど、それも今ではいい思い出。

餓鬼谷行の後、一旦下界に下り、洗濯やら食料などの買い物をして、
次は立山の奥に湧くという温泉の池・立山新湯を目指す旅へ。

危険なクライミングなどはないものの、最終的には折立まで歩く距離が半端ないので、
ちゃんと歩き通せるかが不安でした。

かの有名なザラ峠を下ってひたすら進んでいくと、湯気の立ち込める滝が・・・。
その滝の上部に上がってみると、直径30mほどの温泉池・立山新湯がありました。
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自然界にはこんな幻想的な風景があるんだなぁと本当に感動。
この温泉池がオーバーフローして滝として落ちる湯が、これまた適温。
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臭いは強烈でしたが、忘れられない源泉入湯となりました。

この夏の温泉山旅で、温泉だけでなく登山の楽しみも知り、
それ以後は登山を絡めた温泉旅に出かけることが多くなりました。

秋には一人旅で、日本一遠いと言われる高天原温泉へ。
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今考えるとよく一人であんな奥まったところまで行ったもんだなぁと思いますが、
あの頃は本当に楽しくて、温泉求めて夢中で山に登ってました。

冬には、中山君と那須の源泉を訪れるついでに茶臼岳に登ったり、
温泉小屋として有名な福島のくろがね小屋にも行ったりしました。
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だから、この頃は週末の登山や沢登りの為に平日クライミングジムに通う感じで、
コンペなどの競技には私自身全く興味はありませんでした。

と・こ・ろ・が・・・
中山君が年の暮れも迫ったある日、急に『コンペ出てみーへん?』と言い出しました。
首をぶんぶん横に振ったのに、なぜかクラックスで行われるというコンペにエントリーされてしまい・・・。

後で知ったのだけど、労山コンペの近畿ブロック大会というコンペだったらしく、
まあ山岳会の方々の為のコンペだったみたいです。

そうそう、その後色々お世話になるyamaさんが運営されていたのも思い出します。
そして、今考えるとマスタークラスは関西コンペティターのそうそうたる面子が揃っていたような。

あ、私はビギナーで出れるもんだと当日まで思っていたら、なんの仕打ちかミドルに入れられており・・・。
ええ、ダントツのビリでしたとも。
今考えると本当に恥ずかしい登りでした。

私とは反対に、中山君はこの大会でミドルで優勝。
華々しく(?)コンペデビューを果たしたのでした。

やっぱりコンペは私には向いてないやと思いつつ、登れなかったのが悔しくて、
それからは他のジムでも登ることに必要性を感じ、週に1度だけだけどクラックスに通い始めたのでした。

クライミングにのめり込んでいく03~04年はまた『その3』で。
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by ponchika | 2013-04-24 19:00 | プレイバックシリーズ